SUMI-E WORKSHOP

水墨画講座

INTRODUCTION



Inroduction  はじめに

墨と筆で描く人物画の魅力

 人間の本能として、人は人に関心があるものです。それが紙面に描かれたイラストであっても、一瞬、目をとめているはずです。


 身近な存在である人物を描いてみたいと思う人は多いと思いますが、バランスが悪いとか、似ていないとかいう理由で苦手意識を持ち、あきらめてしまう人がいます。でも、それはもったいない話です。同じ人物でも顔の表情は様々に変わりますし、着ているものや立っている場所によっても印象は異なります。そんなおもしろいモチーフを描かない手はありません。

  そして、それを墨で表してみる。墨には、鉛筆や木炭、フェルトペンなどとは違った独特な風情があります。さまざまな筆使いを駆使した抑揚のある線の表情、墨の濃淡やにじみの味わい、一筆で形や質感を表す醍醐味などが加味されれば、描けば描くほどその魅力にとりつかれ、コツがつかめればいっそう楽しくなります。また、ひとたび引いた墨の線は消すことができないという緊張感のなかで、味わいのある線が引けたときは何ものにも代えがたい達成感があります。

  さらに、墨筆で描いたものに着彩してみましょう。目に入るものすべてに色付けするのではなく、適度に余白を残しながらほんの気持ちていどに色をさしますと、おしゃれで味わいのある絵になります。


 まずは、自分の感性を信じて筆を動かしてみましょう。対象が何であれ、臆せず描いてみることです。人それぞれ違う描き方でよいと思います。やがて、絵に生命感が芽ばえ、人物画を描くことがますます楽しくなってきます。

 


Essence of Sumi-e 心得

筆をとる前に

 

 墨筆で人物画を描くにあたって、知っておくべきポイントが3つあります。


(1)線を主とする芸術表現
=用筆・用墨=
 用筆とは筆使いのこと、用墨とは墨や顔彩の使い方のことです。

  たとえるなら、用筆は、体の中心にあって、それを支える「骨」の部分(=線のこと)、用墨は、作品に血を通わせ、さらに豊かなものにする「肉」の部分(=面のこと)と言えましょう。

  用筆も用墨もそれぞれが対比の関係の中で成り立っています。対比の関係とは、用筆では、直側、順逆、硬軟、長短、速遅、抑揚、集散、鉤勒と没骨など。用墨では、濃淡、湿乾など。そして、絵の印象における虚実や疎密なども含みます。それぞれの対比を秩序立てて組み上げていけば、必ず変化に富んだ表現が生まれます。

  墨は、直筆と側筆の使い分けによって「線」にも「面」にもなり、一筆で形や質感を自在に表すことができるのです。さらに、墨の濃淡や潤渇の使い分けにより、鉤勒法(物の形を線で表す描法)や没骨法(面で表す描法)、破墨法(にじみやぼかしを駆使する描法)などの基本描法の表現の幅もいっそう広げることができるでしょう。

  水墨画は、墨が奏でる「線のシンフォニー(交響楽)」です。線の表情には、音楽のようなリズム感とメロディーの美しさ、動きと気勢の美しさが表現されるべきで、その線質には力強さと優しさの両方が求められます。水墨画は、油絵と異なり、ひとたび線を引くと消せないので、一筆一筆に緊張感が漂います。筆使いはとても重要です。

 

 

(2) 簡素性
 私が墨筆で描く人物画は、「対象の様子を短時間ですばやく大まかに描きあげる素描」をもとにしていますから、対象のすべてを細かく描きこむ時間はありません。水墨画も、描く対象を直感的にとらえ、簡素に描くところに特徴があるので、水墨画とは簡素性・省略性において相通じるところがあります。

  簡素性を取り入れる手法として、「減筆」と「誇張」を挙げておきたいと思います。これは水墨画の伝統的な表現技法とされているものですが、墨筆による人物画でも大いに活用できます。


【減筆】
 複雑なものを簡略化して描くことにより、主題を際立たせて表現します。思い切った省略で、観る者の想像力を掻きたてることもできます。どの線を採ってどの線を捨てるかは難しいところですが、最初のうちは線はできるだけ少なく描くように心がけましょう。やがて、必要な線が見えてきます。減筆法とも言われる伝統技法のひとつです。


【誇張】
 人物画でいえば、手足を長めに描くとか、しぐさを大きく表現するなど、人物の見ためのパーツや動きを強調して描くということです。もっともアピールしたいところを誇張するとよいでしょう。

 

 

(3)以形写神
 「以形写神」というのは中国・東晋時代を代表する画家、顧愷之の言葉です。

  彼は画論で、「人物画というのは、形ばかり追い求めても絵にはならない。内なる精神や感情を描かなくては生命感を表現することができない」と述べています。以形写神(神とは心のこと)とはまさにそういう意味で、このことを意識していないと、人物画に魂を吹き込むことはできません。

  対象となる人物の表情(顔つき、身ぶり、しぐさ)はもちろんのこと、どのような心境・心理状態かなど。それだけではなく、一歩進んで、それを描いている画家の主観や興味なども「精神」に含まれます。

  実際にそのモデルがどのような性格なのかわからなくても、画家である自分が感じ取った性格や印象を大切にして、それを強調するように描くとよいでしょう。

  たとえば、裸体を描くとして、同じような体型の別の女性を描いたとき、絵からそれが別人だと区別ができるかどうか。モチーフの個性、人格、人柄などが絵からうかがえるかどうか。
 また、画家自身の精神も反映するものなので、逆に言えば、同じ人物を描いても、その時々の精神状態の込め方によっては、異なる表情を生み出すこともあるわけです。これがあってこそ「水墨画」といえる、奥の深い部分でもあります。

  もっとも、このように性格や精神状態まで写し取るのは簡単なことではありません。それができるようになったら、ワンステップアップしていると言えましょう。


 最初のうちは、上述の(1)線を主とする芸術表現と(2)簡素性 を意識するだけで十分です。人物画制作の経験を積み重ねているうちに自然と絵の中に表出するようになってくると思いますし、また、このことに気づいたときにさらに「以形写神」を意識すると、よりいっそう高みに近づくことでしょう。

 

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